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富山地方裁判所 昭和51年(ワ)226号 判決

原告

中川茂

外二名

右原告ら訴訟代理人

木澤進

外二名

被告

富山県

右代表者知事

中田幸吉

右訴訟代理人

中村三次

右指定代理人

石政義三

外一名

主文

一  被告は、

1  原告中川陽子に対し、金二二〇四万一六九八円及び内金二〇〇四万一六九八円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金二〇〇万円に対する昭和五四年八月四日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員、

2  原告中川テル子に対し、金一〇四八万九六八七円及び内金九四八万九六八七円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金一〇〇万円に対する昭和五四年八月四日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員、

3  原告中川茂に対し、金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金一〇万円に対する昭和五四年八月四日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員、

4  原告中川ミヨに対し、金五五万円及び内金五〇万円に対する昭和五〇年五月二九日から、内金五万円に対する昭和五四年八月四日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は一〇分し、その八を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

但し、被告が、原告中川陽子については金七〇〇万円、原告中川テル子については金三〇〇万円、原告中川茂については金三五万円、原告中川ミヨについては金二〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件事故に至る経緯

請求原因2の(一)の事実、同(二)の事実中、近藤車両及び本件パトカーが原告主張の地点で停車したこと、同(三)の事実中、本件パトカーから下車した警察官が近藤車両に近ずこうとしたところ、同車が突如Uターンして高岡市方面へ向けて逃走したので、本件パトカーも直ちに赤色灯をつけサイレンを吹鳴して追跡を開始すると共に、原告主張のとおりの無線手配を行つたこと、同(四)の事実中、近藤車両が東町交差点を減速しつつ赤信号を無視して左折進行したので、本件パトカーも同様左折進行したこと、同(五)の事実中、本件パトカーが雄山町交差点付近でサイレンの吹鳴を中止したことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いなき事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、〈る。〉

1  速度違反車の発見と追跡開始

昭和五〇年五月二九日午後一〇時五〇分ころ、富山警察署外勤課無線自動車警ら係巡査島谷忠男、同稲見成美、同奥井智貴は、本件パトカーに乗車して富山市緑町一丁目方面から同市住吉町一丁目一番一号富山警察署住吉警察官派出所前の交差点付近まで北進して機動警ら中、国道八号線(現国道四一号線・昭和五一年三月二七日より国道四一号線に変更された。以下同じ。)を高岡市方面から魚律市方面に向け、同所の指定最高速度時速四〇キロメートルを越える時速約六〇キロメートルで東進する近藤車両を発見したので、直ちに追尾を開始し、同市舘出町二丁目五番河上金物店前付近から同市双代町二七番地富山交通株式会社前付近までの約三八〇メートルの間、約二〇メートルの車間距離を保つて同車を追尾して速度測定をしたところ、時速七八キロメートルであることを確認した。そこで、本件パトカーは、近藤車両を停止させるため赤色灯を点灯しサイレンを吹鳴して同車の追跡を開始した。

2  近藤車両の停止

本件パトカーが追跡を開始するや、近藤車両は時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走し、約五〇〇メートル東進した同市中町八〇番地の一富山ダイハツ販売株式会社前付近で本件パトカーが追いついて並進した際には一たん減速したものの再び加速して逃走したが、結局同市荒川西部一〇〇番地富山三菱自動車前付近で停車したので、本件パトカーも近藤車両の前方約二〇メートルの地点に斜めに進路を塞ぐように停車した。この間本件パトカーは近藤車両の車両番号が名古屋五六て五三〇五号であることを確認した。

3  東町交差点までの逃走状況

奥井、稲見両巡査が本件パトカーから下車し、事情聴取のため近藤車両に歩み寄つたところ、同車は突如Uターンして高岡市方面に向け時速約一〇〇キロメートルの速度で西進し逃走を開始した。そこで、島谷巡査は奥井、稲見両巡査の乗車をまつて直ちに本件パトカーを発進させ、赤色灯をつけサイレンを吹鳴して再び追跡を開始し、同時に富山県警察本部通信司令室を介して県内各署に近藤車両の車両番号、車種、車色、逃走方向等の無線手配を行つた。そして、近藤車両との車間距離約二〇ないし五〇メートル、時速約一〇〇キロメートルで追跡を続行したが、途中Uターン地点から約八七〇メートル西進した富山交通株式会社前付近で「交通機動隊が検問開始」との無線交信を傍受した。

ところで、Uターン地点から同市東町一丁目五番地先東町交差点までの国道八号線は、延長約二キロメートル、ほぼ東西に延びる四車線(片側二車線)の平担なアスフアルト舗装道路であり、別紙図面表示のとおり、Uターン地点から双代町交差点まではほぼ直線、同交差点からゆるく南方に折れて舘出交差点までは直線、同交差点からさらにゆるく南方に折れて東町交差点の東方約一〇〇メートルの交差点までは直線、同交差点からゆるく北方に折れて東町交差点までは直線であり、両側に歩道が設置されている。そして、右区間においては、別紙図面表示のとおり、地鉄不二越線と平面交差しているほか多数の交差点があり、その間の信号機の設置場所は別紙図面の説明欄に記載のとおりである。

近藤車両は、右区間においては時速約一〇〇キロメートルの高速度で逃走を続けたが、その間双代町交差点付近でセンターラインを越え、反対車線にはみだして走行し〈証拠判断略〉、途中トラツク一台を追い越し、当時同区間に設置されていた田中町交差点、双代町交差点、舘出町交差点の各信号機のうち、少なくとも一か所は赤信号を無視して走行した。

4  東町交差点左折の状況

東町交差点手前の国道八号線は、左折車線、直進車線及び右折車線の三車線になつているところ、近藤車両は同所にさしかかるや、同所の左折車線及び直進車線には先行車が信号待ちのため停車していたにもかかわらず、減速しつつ右折車線から大回りで、赤信号を無視して左折逃走し、本件パトカーも同様の方法で左折し追跡を継続した。

5  左折後本件事故現場に至るまでの道路状況等

右区間の道路は、東町交差点からほぼ南北に延びる約1.7キロメートルの市道大泉赤江線(通称しののめ通り)であつて雄山町交差点までは四車線(片側二車線)、同交差点から本件事故現場までは二車線(片側一車線)の平担なアスフアルト舗装道路であり、両側に歩道が設置され、指定最高速度四〇キロメートルの制限がなされている。道路の両側には商店、民家等が立ち並んでおり、交差点道路が約二〇か所ある。

別紙図面表示のとおり、東町交差点から雄山町交差点まではほぼ直線、同交差点からゆるく西方に折れて大泉東町一丁目の交差点までは直線、同交差点からゆるく西方に折れて大泉中学校グランド北側の交差点までは直線、同交差点からさらに西方に折れて本件事故現場までは直線である。そして、別紙図面の説明欄に記載のとおり、本件事故当時、清水町交差点、清水旭町交差点、雄山交差点、大泉東町一丁目交差点及び本件事故現場である大泉東町二丁目交差点の五か所に信号機が設置されていた。

6  左折後本件事故に至るまでの状況

近藤は、東町交差点を左折後時速約九〇キロメートルに加速して逃走したが、音羽町交差点付近で本件パトカーを振り切つたものと考えて一たん時速六、七十キロメートルに減速した。これに対し本件パトカーは、東町交差点を左折したあたりでは近藤車両との車間距離がやや開いたが、音羽町交差点付近では時速約八〇キロメートルに加速して追跡を続行したため、近藤車両との車間距離を可成り縮めた(証人金山宗正は、車間距離は三、四十メートルであつたと思うと述べている。)。ところが、近藤は、右減速後しばらくして後方に本件パトカーの赤色灯を認め、追跡が続行されていることに気づき、再び時速約一〇〇キロメートルに加速して進行し、赤信号を無視して本件事故現場の大泉東町二丁目交差点に進入したため本件事故を惹起した。その間近藤車両は、少なくとも清水旭町交差点の黄色点滅信号、雄山町及び大泉東町一丁目交差点の各赤色点滅信号を無視して進行したが、本件パトカーは、近藤車両がそのように信号を無視し高速で逃走進行していることを了知しながら、雄山町交差点付近までは前記速度のまま追跡を続行し、同交差点からは道路が片側一車線になつていたことと、前方の大泉東町一丁目交差点から道路が左にカーブしていて近藤車両が見えなくなつたため、サイレンの吹鳴を中止し(赤色灯は依然として点灯)、減速して進行した。

三責任原因

1  警察官らの過失と因果関係

(一) パトロールカーに乗務して交通取締に従事する警察官は、道路交通法等の交通法規に違反した車両を発見した場合等には、司法警察権(現行犯人逮捕・刑事訴訟法二一三条)あるいは行政警察権(職務質問・警察官職務執行法二条等)の行使として、当該違反車両等を停止させ又はその運転者を逮捕しあるいはこれを追跡する権限及び義務を有することはいうまでもない。しかしながら、違反車両が警察官の停止命令に従わずあくまで逃走を続けるような場合には、交通取締に従事する警察官としては、そもそも道路交通の安全と円滑を確保ずる目的のためにその職務に従事しているのであるから、違反車両の現場における捕捉のみをいたずらに求めることなく、道路交通の安全と円滑、一般人の生命・身体・財産の安全を確保しつつ違反車両の検挙を図るため適切な方法をとらなければならない。緊急自動車の一つであるパトロールカーには、道路交通法上法令の規定により停止しなければならない場合でも停止することを要しない(同法三九条二項・但し、同項但書によれば、この場合においても他の交通に注意して徐行しなければならない。)、速度違反車を取締る場合には速度制限規定は適用されない(同法四一条二項)などの特例を認められているけれども、違反車両の追跡にあたつては、交通事故を惹起することのないように注意して走行すべき注意義務があることは一般車両と何ら異るものではなく、さらに、自車の追跡行為により被追跡車両が暴走するなどして交通事故を惹起する具体的危険があり、かつ、これを予測できる場合には、追跡行為を中止するなどして交通事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものと解する。そして、その際に追跡を継続すべきか否かは、逃走車両の逃走態様及びその程度、道路及び交通の状況、違反の程度及びその態様、追跡の必要性(追跡の必要性が低い場合にはより慎重な運転態度が要求される。)等を総合的に検討してこれを決すべきものというべきである。

(二) そこで、前記二で認定した事実を前提として、島谷巡査ら本件パトカー乗務の警察官らの過失の有無につき検討する。

近藤車両は、Uターンして逃走を開始した後、東町交差点までの約二キロメートルの間、時速約一〇〇キロメートルの高速度で途中赤信号を無視しセンターラインをはみだして走行するなどの暴走運転を行い、さらに、同交差点の信号が赤であるのにこれを無視して右折車線から大回りして同所を左折したのであるが、逃走方向である通称しののめ通りは、交差する道路が多いうえに、途中の雄山町交差点からは片側一車線の市街地に向う道路であるから、このような近藤車両の逃走の態様、道路及び交通状況に照らすと、東町交差点を左折後もそのまま追跡を続行したならば、同車の暴走により、通過する道路付近の一般人の生命・身体・財産等に重大な損害を生ぜしめる客観的可能性は極めて高かつたものというべきであり、また、そのことは、島谷巡査らにおいても十分認識できたものというべきである。しかも、同巡査らは、近藤車両がUターンした時点ですでに、同車の車両番号を確認し、同車の車両番号、車種、車色、逃走方向等について無線手配を行い、右手配に対し検問開始がなされたとの無線を傍受していたうえ、東町交差点通過時にはさらに同車の逃走方向を無線手配したのであるから、あえて追跡を続行しなくとも交通検問など他の捜査方法ないし事後の捜査によりこれを検挙することも十分可能であつたというべきである。

そうであるとすれば、島谷巡査らとしては、東町交差点を左折した時点において、追跡の継続が近藤車両の暴走運転を続行せしめ、一般人を被害者とする不測の交通事故を発生せしめるおそれが大であることを予測しえたものであるから、直ちに追跡速度を減じるか、追跡を中止するなどの措置をとつて右の如き交通事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたものというべきところ、同巡査らは検挙を急ぐあまり、右注意義務を怠り、東町交差点左折後も少なくとも雄山町交差点付近まで時速約八〇キロメートルの高速度で追跡を続行するという過失を犯したものというべきである。

被告は、本件パトカーの追跡行為は適法な職務行為であるから違法性がないと主張するが、これまで説示したところから明らかなように、本件パトカーの追跡行為は、近藤の道路交通法違反の行為を規制し、同人を検挙するという関係では正当な司法警察権の行使として適法な職務行為と認められるが、亡峻に対する関係では追跡行為に伴う右のような注意義務違反があるのであるから違法たることを免れるものではなく、右主張は採用できない。

(三)  そして、前記認定のとおり、近藤は、東町交差点左折後音羽町交差点付近で一たんは本件パトカーを振り切つたものと考えて時速六、七十キロメートルに減速したが、しばらくして後方に本件パトカーの姿を認めて再び時速約一〇〇キロメートルに加速して逃走したため本件事故を惹起したものであるから、島谷巡査らの右過失と本件事故との間には因果関係があるというべきである。

2  被告の責任

島谷巡査ら本件パトカー乗務の警察官が、被告の公権力の行使にあたる公務員であり当時その職務に従事していたことは当事者間に争いがないから、被告は、国家賠償法一条一項により、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

四損害

1  亡峻の損害

(一)  逸失利益

金三二二一万二五四七円

亡峻が本件事故当時富山テレビ放送株式会社に勤務する年齢三一歳の男子であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、亡峻は本件事故当時健康であり、昭和四九年六月から昭和五〇年五月までの一年間に、金二六四万八一〇〇円の収入を得ていたことが認められる。従つて、亡峻は、本件事故にあわなければ、少くとも六七歳に達するまでの三六年間就労して、右と同額の収入を得ることができたものというべきである。そこで、年間の収入を金二六四万八一〇〇円、就労可能年数を三六年、生活費の控除率を四割として、ホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して計算(ホフマン係数20.274)すると、亡峻の得べかりし利益は、次の計算式のとおり金三二二一万二五四七円となる。

2,648,100×(1−0.4)×20.274

=32,212,547(円)

(二) 慰謝料 金六〇〇万円

本件事故の態様、亡峻の家族関係その他諸般の事情を総合すると、亡峻の慰謝料は金六〇〇万円をもつて相当と認める。

(三) 車両損害 金三五万円

〈証拠〉によれば、被害車両は、亡峻がトヨタオート富山株式会社から買受けたものであり、本件事故当時金三五万円の価値があつたものであるが、本件事故により大破し(被害車両が破損したことは当事者間に争いがない。)、自動車としての用をなさなくなつたことが認められる。

(四) 損害の填補 金一〇〇〇万円

亡峻が自賠責保険より金一〇〇〇万円の損害の填補を受けたことは当事者間に争いがない。

2  亡峻の損害賠償請求権の相続

原告陽子は亡峻の子であり、同テル子は亡峻の妻であつて、亡峻の死亡により原告陽子がその権利義務の三分の二を、原告テル子がその権利義務の三分の一をそれぞれ相続によつて承継したことは当事者間に争いがないから、亡峻が被つた前記認定の損害から自賠責保険による前記損害の填補額を控除した損害賠償請求権金二八五六万二五四七円のうち、原告陽子がその三分の二である金一九〇四万一六九八円を、原告テル子がその三分の一である金九五二万〇八四九円をそれぞれ承継したものと認める。

3  原告らの慰謝料

合計金三〇〇万円

本件事故の態様、原告らの身分関係その他諸般の事情を総合すると、原告ら遺族の精神的苦痛に対する慰謝料としては、原告陽子及びテル子については各金一〇〇万円、同茂及び同ミヨについては各金五〇万円が相当であると認める。

4  葬式費用 金五〇万円

〈証拠〉によれば、同原告は、亡峻の葬式費用として、次のとおり合計金一九二万五六〇〇円を支出したものであることが認められる。

(一)  葬祭料 金六二万五〇〇〇円

(二)  納棺代 金五〇〇〇円

(三)  葬儀関係費 金二四万四六〇〇円

(四)  墓建設代 金一〇五万一〇〇〇円

そして、右支出金額のうち金五〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

5  損害の填補

金一〇三万一二〇七円

原告テル子が、亡峻の死亡に伴い、労災保険の給付金として合計金一〇三万一二〇七円の支給を受けたことは当事者間に争いがない。

6  弁護士費用 合計金三一五万円

〈証拠〉によれば、原告らが、本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任し、その手数料及び報酬金としてそれぞれ請求額の一割を支払う旨約したことが認められる。そして、本件訴訟の内容、経過、立証の難易、認容額等本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告陽子につき金二〇〇万円、同テル子につき金一〇〇万円、同茂につき金一〇万円、同ミヨにつき金五万円であると認めるのが相当である。

7  まとめ

以上のとおり、被告は、原告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故の損害金として次のとおりの金額を支払う義務がある。

(一)  原告陽子に対し

金二二〇四万一六九八円

(二)  同テル子に対し

金一〇四八万九六八七円

(三)  同 茂に対し 金一一〇万円

(四)  同 ミヨに対し 金五五万円

五結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告陽子については、金二二〇四万一六九八円と内金二〇〇四万一六九八円に対する不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金二〇〇万円に対する弁済期後である昭和五四年八月四日から各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告テル子については、金一〇四八万九六八七円と内金九四八万九六八七円に対する不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金一〇〇万円に対する弁済期後である昭和五四年八月四日から各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告茂については、金一一〇万円と内金一〇〇万円に対する不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金一〇万円に対する弁済期後である昭和五四年八月四日から各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告ミヨについては、金五五万円と内金五〇万円に対する不法行為の日である昭和五〇年五月二九日から、内金五万円に対する弁済期後である昭和五四年八月四日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、同免脱の宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(大須賀欣一 杉森研二 大工強)

図面〈省略〉

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